ツレがスケベ小説に染まりまして……

ラブラブカップルの露出キス

最終話 ラブラブカップルの露出キス

○お月様だけが知っている

煌々とネオンが灯され始めた街中を、涼花と吾朗は歩いていた。
手と手を握り合わせて、肩と肩とを接着されたように押し付け合って、暫く話し込んでは無言になって、また思い出したようにどちらともなく唇を開いて。

「やっぱり、運動をするとお腹が減るのよね」

「運動ねぇ……エッチしたんじゃなかったっけ? 涼花も俺も……セックスっていう」

「シィーッ! 吾朗ちゃん、声が大きいよ」

涼花が唇の前で、人差し指を突き立てていた。
黒目がちな瞳が、歩道の端から端までを往復して駆け戻ってくる。

「だけどな、涼花。お前ってさ……う~ん、不思議なとこあるよな」

「ん? わたしの何が不思議なの?」

頭一個分は高い吾朗の目が、中華、洋食、和食と、手招きする看板の群れを順に追った。
瞳の下端で小首を傾げる涼花を捉えて、どこか遠くを見るような、そんな眼差しで、こっそりと薄い財布も握り締めたまま。

「ありがとうな、リョウカを助けてくれて」

吾朗が照れくさそうに呟いていた。
取り囲むネオンと看板を振り切るように頭を反らし上げると、暗い夜空を見つめた。
瞬く星々など望めやしない。
けれどもコンクリートのビル群に囲い込まれた空間に、優しげな眼を送っていた。

「だって、可哀そうじゃない。あのまま濡れたタイルの上でビショビショにされて、『はいゴミ箱行き』なんてさ」

涼花も空を仰ぎ見ていた。
その横をすれ違う大勢の歩行者が、若いカップルの仕草に目を留め、或いは一緒になって夜空を見上げ、そして腑に落ちない表情で歩き去っていく。

「わたしと吾朗ちゃんは、こうしてこれからも仲良く愛し合えるの。でもね、エッチな小説の中で暮らすリョウカちゃんは、吾朗ちゃんが導いてあげないと生きてはいけないの。400字詰め原稿用紙の世界ではね」

「つまり、こういうことだろう。書きかけたなら、あの小説を完成させろと。リョウカにも、目の前の涼花みたいに幸せな未来を用意しろと」

涼花が目だけで頷いていた。

「まあ、そういうことだな。だけど涼花。あのリョウカって女の子は、男の身体が大好きなスケベな奴だけど、どうしようか? これからも書き進めるとなると、モデルがいないとな」

「それって、スケベな女の子のこと?」

今度は、吾朗が目だけで頷いていた。

「う~ん……決めたわ」

「おっ、ということは……涼花がスケベエッチなセックスをしてくれるってことかな? これからもずっと……」

「今夜はお寿司にしましょ」

「……? へぇっ?!」

吾朗の首が急角度で折れ曲がり、涼花の顔を二度見する。

繋がっているのか。
まんまとハグラカサレタのか。
ニンマリとしてみせる涼花の顔を覗いて、それから……

「お寿司かぁ……いいけどさ、まさかカウンター付きの? 板前さんもセットの?」

「うふふ♪ そうねぇ、いつかホントの大人の夫婦になったら、それも有りかもね」

再び歩き始めた足を、涼花がまた止めた。
吾朗の足も自然に止められた。
その涼花が、汚れひとつなく磨かれたショーウインドを見つめている。
職人技をレプリカさせた寿司桶がゆったりとした間取りで並ぶ棚に、ささっと目を走らせる。

「でもね、今のわたしが大好きなのはクルクルと回る方なの。だって涼花、わさび入りのお寿司が苦手だから」

レプリカ握り寿司の隣で、はにかむように笑う涼花がいた。
ガラスウインドに映り込んだ彼女を、吾朗の妙に真剣な眼差しが覗いて、まるで写真のフレーム枠に収まるかのように身体を寄せる己自身も見つめた。

「よぉし! 今夜は奮発して、赤だしも二人前行くぞ!」

「キャ、吾朗ちゃん男前♪♪」

追い抜かれて、すれ違って、また幾筋もの目線を浴びた。
だけど気にしない。
気にする時間だって勿体ない。

「吾朗ちゃん、キスして……」

「OK、好きなだけキスしてやる……涼花、ふむぅっ」

歩道の端っこで、唇を合わせる二人。
その二人を冷やかすかのように、丸い月明かりがビルの陰から姿を現した。

まだまだひよっ子な、けれどもアシタを、アサッテを、それから続く果てしない時の流れを。
希望の二文字で乗り切ろうとする若いカップルを、温かくも見守って……


最終話 ラブラブカップルの露出キス ここまで


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羞恥の風

 

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