ツレがスケベ小説に染まりまして……

恋人を前に、官能小説家の苦悩

第13話 恋人を前に、官能小説家の苦悩

○湯上り全裸の美少女と対面

鮮やかな桜色をした唇に、ドロリとした液体が塗り込められる。
それを舌で伸ばして、一瞬だけ眉間にしわを寄せた涼花が、大げさに喉を鳴らして呑み込んでいた。
そして、肩をすくませるようにして笑ったのだ。

また一方では、男のモノをねだるように跪き、瞳を潤ませながら唇を開く涼花が。
自らの意思でズボンのファスナーを下ろし、先走りを放つ肉棒を懸命に頬張る涼花の姿も。
いや、それだけではない。
パンティーさえ身に着けていない剥きだしの下半身を、男の目に晒す涼花。
狂おしく興奮するペニスを望むままに、彼女の花弁へと導いていく涼花まで。

「いいのかよ、それで……」

照明の落ちた部屋の中で、吾朗は呻くように呟いた。
大衆の目を感じる店中で。
夜風に晒される夜の公園で。
求めるままに涼花が応じた恥行の数々。
それがリアルな再現ドラマとして、脳裏に映し出されていくのだ。

「ふ~ん♪♪ ふ~ん♪♪ ふ~ん♪♪」

薄い壁を挟んだ浴室からは、涼花のハミングが聞こえた。
大人と男と女として、肌の隅々まで知り合えた彼女が、シャワーの湯を浴び、滑らかなシャボンの泡に包まれている。
その妄想でしかない映像までもが、追加ドラマとして上映される。

今、幸せなのだろうか?
今、心地よい嬉しさを感じているだろうか?
それとも……

吾朗は、乱雑に置かれた原稿用紙を見つめた。
食卓に使うテーブルの上で、散らばるようにおよそ30枚余り。

リョウカという男好きなヒロインが、自らの肢体を餌にふしだらな行為に耽っていく。
豊満な肉体を晒し、男のペニスを貪るようにしゃぶりつくしていくのだ。
そんな赤裸々な痴態が、男曰く稚拙な文体で綴られている。

「涼花は俺にとって……クソッ!」

フローリングの床板に、吾朗は拳をぶつけた。
膝をついてしゃがみ込み、背中を丸めて顔を俯かせた。

書き殴ったような手書きの文面が、目の前に迫ってきた。
パソコンを使えばと涼花が勧めてくれたにも構わず、出来そこない小説家気取りで用紙に書き込んで、それがいつのまにか、吾朗の心に鉛のようなオモリとなって圧し掛かっていたのだ。
愛する涼花を巻き込んで僅か二日余り。
そんな短い時の中なのに、生み出してはならないヒロインを誕生させた気がする。
そのあまりにも奔放すぎるヒロインに、ジワジワと愛する涼花が染められていく気がする。
健気にも、彼女自身の意思を持って……

「いいのかよ……こんなことで本当にいいのかよ……」

自問自答して、吾朗の拳がまた音を立てた。
硬質な板材と骨がぶつかる鈍い音が響いて、いつのまにか吾朗の目からは涙が零れ落ちていた。

「そうだ……涼花……」

いつまで、そうしていたのだろう?
打ちひしがれた心の時計は、短針をグルグルと回転させた。
そんな気さえする。

けれども、現実の時は止まったままのようである。
浴室の壁を通して聞こえるハミングは、まだ同じメロディを奏でているのだから。

グシャグシャと、紙切れが乾いた音を立てた。
吾朗は乱雑に重なる原稿用紙を、かき集めるようにして片手で掴み上げていた。
もう片方の腕で、引き剥がすようにズボンと下着を脱いだ。
Tシャツ一枚だけを身に着けたまま、歩いていく。
掠れるような歌声を求めて、脱いで畳まれた女物の衣装が目に付く脱衣場へと足を踏み入れていた。

「あっ、吾朗ちゃん。ちょっと待っててね……今、上がるから」

磨りガラスを通して、白い裸体が動いた。
涼花の方からも、吾朗が覗けているのだろう。

心地よかったハミングが途切れて、涼花が湯船から立ち上がる。
湯を掛け流す乱れた音がタイルの床に跳ねて……

「ち、ちょっと吾朗ちゃん……どうしたの?」

中折れ式の扉が勢いよく開け放たれていた。
その勢いのままに吾朗が飛び込んできて、ちょうど扉に手を掛けようとした涼花と、顔と顔とを突き合わせていた。

「ご、吾朗ちゃん……?」

涼花の顔に理解しがたい不安の色が滲んだ。
湯上りのリンゴのように紅い頬が、引きつるように強張って、その上からごまかしの微笑みを浮かべていた。

「涼花……ふ、風呂入ってたんだよな……ははっ」

一目見れば初対面でも理解できる。
立ち込める湯気に包まれた空間で、白い裸体を露わにさせて、女性にとって象徴な胸のふくらみを真横にさせた片腕で押さえて、女性にとっては更に象徴な股間の部分に、堅く絞ったタオルをもう一方の腕に宛がわせて、はちきれそうな太腿の肉を捩るように密着させて、全身の肌にキラキラと光るお湯の粒を纏わせて。

「おぉ、俺もさ……汗を流そうと思ってさ。涼花と一緒に……」

「わたしと? でも吾朗ちゃん……?」

涼花の眉が頼りなげに下がった。
黒い瞳が動揺したように小刻みに震えている。

濡れた浴室のタイルに半歩踏み込んだ吾朗は、Tシャツを肌に貼り付かせていた。
片手を開かれた中折れ扉に添えて、一方の片手には丸めるようにして握りしめた原稿用紙の束を。
そして唯一、話しかけた言葉の証か、下半身だけは裸であった。

第13話 恋人を前に、官能小説家の苦悩 ここまで


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