軽トラックに乗った白馬の王子様 後輩少女編

後輩少女の青春時代の甘い初恋は今

 第一話

 駐車場に車を駐める時、自分が今乗っている車と同じ車の隣に駐車するのは、なんとなく嫌なものだ。
 しかし軽トラックに乗っていると、軽トラックの隣に駐めるのが全く嫌ではない。
 むしろホームセンターなんかでは軽トラの隣に軽トラを駐めるのが楽しくなって、気付けばずら~っと横並びした軽トラックの車列が、壮観な眺めを作っていたりする。
 それとやたら高級車の隣なんかも居心地がいい。
フェラーリと軽トラック。
 アストンマーチンと軽トラック。
 素敵な組み合わせだと思う。

「あ、先輩も買い物っすかー?」

 声のした方を振り返ると、一人の女の子が柔和な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
 軽いステップを踏みながら、油と脂と汗の臭いが染みついた作業着姿の女の子がやってくる。

「わぁ……近寄るなよ、臭いから」
「大丈夫ですよ、そういう先輩の匂い、私、慣れてますから」
「違ぇよ、お前が臭いんだよ」
「私でしたかっ!?」
「僕は慣れてないからな、女の子がそんな匂いを発するの」

 話は夕暮れ時のコンビニ駐車場。
 僕の軽トラックの隣に軽トラックを駐めて、酸っぱい匂いの後輩少女がご登場だった。
 中学時代からの付き合いで、なにかと面倒を見ているうちに長い付き合いになってしまっていた女の子。
 高校を卒業した後は僕と同じように軽トラックを乗り回す仕事に就いた後輩少女は、最初のうちは制汗スプレーを大量に使い込んでいた。
しかし真夏の炎天下、ダッシュボード上に置いた制汗スプレーが破裂して、その勢いで単独事故を起こしてからはすっかり怖がって潔く悪臭対策を諦めちゃったご様子。
 僕がいくら臭い臭い言っても気にした素振りを見せない後輩少女だったが、それでも作業着のまま買い物に行けるのはコンビニくらいなのだろう。
 大型スーパーは車ですぐの距離にあるものの、作業着で店内を歩き回るのは遠慮したくなることが多いものだから。
 僕だってそうだ。
 コンビニはそのさほど広くない店舗、どのお店もほぼ同じな商品陳列、パッと選んでパッと買える、Hit & Awayの気軽さが魅力なのだ。
 こういう夕暮れ時の時間帯になるとレジには女子高生と思しきアルバイトの女の子が立ち、露骨に嫌な顔をされることもあるけどさ。

「ところで先輩……どうしちゃったんですか、この軽トラ。
 廃車するって聞いてましたけど、車検取ったんですか?」
「車検費用20万オーバーだぜ」
「はぅあぁぁ……なんでそんな不思議っ子ちゃんなことしてるんですか?
 言っちゃ悪いですけど、この車にそんな価値があるとは思えませんが……」
「まぁなんて言うか、長く乗った車だから……愛着が湧いてね」

 実はこの軽トラックには、たかが軽トラックのくせに不思議な能力が備わっているのだ。
 まぁあまりに荒唐無稽な話だから信じてもらえるとは思っていないし、僕はわざわざそんな秘密を話して回りたがる性分でもない。
 なのになんでだろうか、僕はその話を鼻摘まむ悪臭漂う後輩少女に聞かせてやりたい衝動に駆られた。

「実はさ、この軽トラックには不思議な力があるんだ」
「スーパーチャージャーでも後付けしたんですか?」
「馬力の話じゃなくて」
「トルク?」
「違う」
「あ、エンジンごと載せ替えたり?」
「違う違う。いいか、この軽トラにはパッシング五連打を浴びせた相手を惚れさせる能力があるんだ」

 後輩少女はやおら無表情になった。
 そして何か悟ったらしく、僕から一歩距離を取った。

「どうした?」
「あ、私って臭かったですよね、済みませんでしたごめんなさい、少し離れます」
「それは良いことだ。
 で、話の続きだけど、お前、ドリカムって知ってるよな?」
「うわぁ……変な夢物語を語りながらドリームカムトゥルーって洒落ですか?
 さすがの私もしんどいですよ」

 真顔で冷ややかな視線を送ってくる後輩少女へ、僕は続ける。

「未来予想図2の歌詞の中にブレーキランプ五回で「ア・イ・シ・テ・ル」のサインってフレーズがあるんだよ。
 それを真似る形で「ヤ・ら・せ・ろ・よ」と五回のパッシングを女の子に浴びせると、その子と一発ヤることができるんだ。
 信じられないと思うけど、本当の話だ。
 実際に僕は二人の女の子とヤることができた。
 一人は夏祭りで浴衣を着た可愛い子だったし、もう一人は……ちょっと変わったところもあるけど可愛い子で、とても満足させてもらった」
「………………」
「30年生きた猫は、尻尾が二つに分かれて猫又という妖怪になるって話を聞いたことがあるだろ?
 この軽トラも初年度登録から30年、だから猫又のように不思議な力を操る妖怪の仲間入りを果たしたんじゃないかなって思うんだ」

 もはや後輩少女は物凄く苦い薬を飲んだ後のような苦悶の表情だった。

「あぁ……私の憧れだった先輩が……どうしてこんなことに……。
 先輩とのご縁は中学校に入学して間もなく私が先輩に一目惚れしてからのことでした。
 友達や他の先輩の協力を仰ぎに仰ぎ、ようやく偶然を装って夏祭りで一緒に花火を見ることに成功し、また二人っきりの時間も作ってもらえて、私はそこでありったけの勇気を振り絞ってファーストキスを先輩に捧げたんですよっ!?
 あの青春の思い出が今の法螺話で一気に砕け散りましたよ!
 どうしてくれるんですか、責任取ってくださいよ……」

 ぺたりと地面に崩れ落ちる後輩少女。
 両手を地面に着き、まるでこの世の終わりに絶望しているかのようだった。

「今の話、ダメージ大?」
「……そりゃあ特大っすよ」
「お前はさ、中学の時から俺を見つけると場をわきまえずに駆け寄ってきて、時には人前でも抱きついたりしてきたよな。
 本当の妹みたいで、とっても可愛く思ってたよ」
「卒業式に告白したら妹にしか思えないからって断ってくれちゃいましたもんね」
「そんなお前が、まだ二十代半ばだってのに女を捨てて、色気のない作業着姿で悪臭撒き散らしてるんだから、兄として僕だって大ダメージだ」
「はっ! まさか先輩、それを伝えるために先ほどのアホ話を拵えたんですか?」
「……まぁ……そんなところだ」

 いや本当の話なんだけど。

「もぅっ! てっきり先輩の頭がおかしくなっちゃったんだって本気で心配したんですよっ。臭いなら臭いって素直に言って下さいよっ」
「臭いから近寄るなって一番最初に言っただろ」
「ひでぇ!」


 
 すると気力を取り戻した後輩少女はいそいそと自分の軽トラックに乗り込み、エンジンを始動させた。

「わかりました。家に帰って作業着脱いでお風呂に入って化けの皮を剥がして来ます。
 先輩、私の本当に姿を見たら、あまりの可愛さに言葉を失いますよ?」
「お前のすっぴんに惚れるわけがないだろ」
「うわっ、言いましたね! 言いましたよね!
 いいですよ、私が全力で女を拾い直したら先輩なんかイチコロだってこと証明してみせますからっ!」

 そう捨て台詞を残して後輩少女の軽トラックが走り出す。
 が、少し走ったところで窓から顔を出して後輩少女が手を振ってくる。

「先輩っっ!」

 なんだろうかと思ったそばから、後輩少女は運転席に座り直す。
 そして軽トラのブレーキランプが点滅を繰り返した。
 たぶん五回。
 面倒だったので数えてなかった。
 そしてそのまま後輩少女を乗せた軽トラックはすっかり日の暮れた向こう側へと走り去っていったのだった。
 たぶんあれは「ア・イ・シ・テ・ル」ではなく「オ・ボ・エ・テ・ロ」のサインだったろうなぁと僕は思うのだ。

後輩少女編 第一話ここまで

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