猫又少女編 第三話 よくわからない理由で制服少女から妊娠依頼を受けた
深夜のサービスエリアまでタクシーを呼びつけた。
猫又少女と共に後部座席に乗り込むと、目的地を猫又少女に直接語らせた。
猫又少女が生前飼われていた住所がどこなのか、どれくらい遠いのかは定かではなかったものの、ええいままよという気分だった。
「運転手さん、あのね――」
猫又少女が告げた住所を聞いて、少し拍子抜けだった。
考えてみれば当然だけど、僕の住んでいるアパートと猫又少女の飼い主宅の住所はとっても近かった。
老衰間近の老猫が死に場所を求めて歩いていける範囲だもの、それこそ猫の額だ。
僕の軽トラックは飼い主宅から目と鼻の先ほどの場所に屋外駐車してあったのだから、いつの間にか猫が車体のどこかに潜んでいるということも有り得た話なのかもしれない。
それはそうと、こんな展開になるんだったらレッカー依頼と共に代車を手配してもらってアパートに帰っていれば、時間的にも早く、そして金銭的にも安く済んだのになぁと思うのだけれど、完全に後の祭りだった。
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猫又少女の生前の飼い主宅近くに着いたのは、夜が明け始めたばかりの早朝のことだった。
朝靄で背景が白む中、飼い主宅に押し掛けるわけにもいかない猫又少女は、飼い主宅をじっと見つめたかと思えばとぼとぼと周囲をうろつき、また戻ってきて飼い主宅を見つめるのを繰り返していた。
まるで家出少女が自宅に帰り辛くしているような様子だったけれど、僕には背中を押してやっていいのかわからないので、その様子を少し遠くから見守ってやることしかできなかった。
そうやってしばらく時間を潰していると飼い主宅の玄関のドアが開いた。
中からゴミ袋を手に提げた母親らしき女性が現れると、丁度玄関前にいた猫又少女は直立不動になって女性を見つめる格好になった。
「あら、おはようございます」
母親は誰にでもするような挨拶をして、猫又少女の隣を通り過ぎようとするのだった。
だが、はたと立ち止まると猫又少女へ話しかけた。
「あなた……なにか困り事? 道に迷ったかしたのかしら?」
「………………」
そりゃあ玄関前で立ち尽くしている女の子をいぶかしむのは当然だろう。
なにか訴えるように見つめるばかりの猫又少女へ、母親は困り顔の微笑を浮かべた。
ゴミ袋を地面に下ろし、猫又少女へしっかり向き合って言う。
「こんな朝早くて、まだ学校へ行くにも早すぎる時間だし、あなたの着ている制服はこの辺りの学校のものじゃないわよね。
なにかあるのなら話を聞くわよ。
それとも……誰か呼ぶ?」
猫又少女は頭を左右に振った。
猫っ毛な髪が優雅に揺れた。
「あらあなた、綺麗な髪をしているのね。
あなたの髪を見ていると、少し前まで飼っていた猫のことを思い出すわ。
とっても、本当にとても可愛い猫だったの。
それにとっても長生きで……最期はほとんど動けなくなっていたんだけど、ある時、気付いたらいなくなっちゃってたの。
ずっと部屋飼いしてた子だから、いざ外に出そうとしても怖がって出て行かない子だったのに、その時は窓が少し開いてたのよ。
きっと自分の死期を悟ったのよね。
でも子供達には、ずっと狭い家の中で飼っていたんだから、広い世界が見たくなって出て行っちゃったのよって言ってるの」
ごめんなさいね、私の勝手な話を聞かせちゃって。
そう謝ってみせる母親は、押し黙って俯く猫又少女の髪に手を触れた。
「綺麗な髪。本当にあの子を思い出すわ、大切な家族だったの」
優しく髪を撫でてやりながら母親は猫又少女に微笑みかけた。
「なにか用があったらいつでも言って。
私はここの家に住んでるから」
そうしてゴミ袋を持ち直して母親は歩いて行った。
猫又少女は母親の後ろ姿を見つめ、そうしてから家を見つめ、その後僕のところにゆらゆらと戻ってきた。
「やっぱりお前は大切に飼われてたんだな。
それに忘れられたわけでもないようだな」
「でも他人行儀だった。
私を見て、すぐに私だって気付いて欲しかった……!
無理なのはわかってるけど……でもっ!」
取り乱した猫又少女は僕の胸に飛び込んできて、しがみつくようにして泣き出した。
肩を抱き、髪を撫でて慰めてやるしか僕にはできなかった。
あの母親がしてやったように優しく髪を撫でてやりながら、猫又少女が泣き止むのを待つばかりだった。
「私だってあの家に住んでたのに、あんな言い方って無いよっ!
これじゃあ私はそこらへんの野良猫の一匹と変わらないっ!
あんなに、あんなに私を愛してくれたはずなのに、もう私を忘れ始めてる!
そのうちにそこらをうろつく薄汚い野良猫を見て、私かもしれないって調子良いこと言い出すんだっ」
「落ち着けよ、お前は僕の娘なんだろ?」
「あんただって父娘だって信じちゃいないくせにっ!
どうせ私は拠り所のない野良猫よ、家出娘よ、家無き子よ!」
しがらみを持たずになんて自由なんだろうと僕は思うけどね。
「良いわよ、だったら私が、私自身が拠り所になる」
「拠り所になる?」
「そうよ、私、母親になるっ!
あんたも手伝いなさいよ、男でしょ」
「なんで僕が?」
「乗りかかった船って言ってたじゃない、最後まで付き合いなさいよね!」
第三話 よくわからない理由で制服少女から妊娠依頼を受けた ここまで