軽トラックに乗った白馬の王子様 軽トラ少女編

軽トラック少女の秘密、そして別れ

 最終話 軽トラック少女の秘密、そして別れ

「ガソリンを満タンにされるよりも、中出しされる方が何倍も気持ちがいいのじゃな」

 うっとりとそう言う軽トラック少女は、僕の腕に絡みついて離れようとしなくなっていた。
 フェリーは仙台港に入港し、いざ下船する際になっても軽トラック少女は僕から離れない。
 どうにかこうにか軽トラックに乗った時には「また私の中に入ってきたのかや」とか言うので、しみじみ面倒臭かった。
 夏祭り以降、軽トラック絡みで寝た女の子はどの子も後腐れして面倒臭い子ばっかりだなぁと陰鬱な気分になりながら、すっかり夕暮れた東北道をのんびり帰る。

「やはりお前さんとあたしは夫婦になる運命だったのやもしれんな」
「軽トラックと結婚するってどんな運命だよ。
 ところでいい加減に話してくれよ、お前が人の姿に化けた種明かし、してくれるんだろう?」
「うむ、約束だったな」

 高速道路を走りながらというのもなんだったし、夕食時だったのでサービスエリアのレストランに入った。

「もうすぐこの旅は終わってしまうのだな……。
 が、満足な旅じゃった。
 最後の旅として、これ以上のものはなかったぞ」
「別に最後の旅とは限らないだろう?
 また次の旅があるさ」

 運ばれてきた料理にほとんど手を付けずに、軽トラック少女は儚げに微笑み、頭を振った。

「そう言ってくれるお前さんのことがあたしは好きだ。
 お前さんはあたしのことを好きか?」
「長年乗り続けた僕の愛車だからね」
「そうか、その言葉が聞けて安心したわい」

 軽トラック少女は居住まいを正すと、一つ一つの言葉を丁寧に話し始めた。

「お前さんはあたしを猫又という妖怪の類いと考えておったな。
 そしてあたしを妊婦ではないかとも怪しんだ」
「どちらも、当たらずといえども遠からず、なんだろ?」
「そうじゃ。
 確かにあたしは腹に子を宿した妊婦ではない。
 しかしあたしに授かり子があると言えばあるのじゃ」
「……それはどういう意味で?」
「猫が死に際に身を潜める習性があるのは知っておろう?
 一体何の因果だったか、一匹の死期迫る猫があたしの身体の中、軽トラックの中を死に場所に選んだのさ」
「……!」
「その猫の亡骸は今もあたしの中にある。
 そしてその猫は、もうすぐ猫又と呼ばれる妖怪として生まれ変わる」
「そうなのか」

頷く軽トラック少女。
 予想外な話の展開だったが、なんだか面倒臭そうだった。

「とても愛され、可愛がられた猫だったようじゃ。
 だからその猫は猫又として生まれ変わるのだ。
 妖怪の類いは人の心が生むものだからな、納得じゃろう?」

 僕の愛車は、夏祭りが終わりに近づくような寂しさを漂わせながら、ずっと抱えていた秘密を紐解いていく。

「あたしはその猫又妖怪の力を借りて、ちょっとした悪戯をさせてもろうとっただけじゃ。 勝手にあたしの身体を死に場所に選んだことへの詫びとしては十分すぎる駄賃だったがな。
 まさかこんな楽しい旅をさせてもらえるとはな」
「おいおい、妖怪云々を信じろっていうのか?」
「軽トラックの言葉が信じられぬならそれまでだがな」

 ケケケと軽トラックがほくそ笑む。

「しかしずっと腹に一物を抱えていたことは詫びよう。
 車のどこかに猫の死骸があると教えたのでは、お前さんとてそのままにしておいてくれぬだろう?
 猫が猫又に生まれ変わるまでの少しの間、あたしは守り通すつもりでいた。
 そういう意味では妊婦らしかったかもしれんな」
「ところで、お前がちょっとした悪戯を始めたのは夏祭りの夜からだろう? それからずいぶん時間が経っているけれど、猫又になるにはそんなに時間が掛かるのかい?」
「そのようじゃな。
 死んでからすぐに妖怪となって姿を現したのでは、命の価値が軽んじられてしまうのかもしれん。
 喪に服するという心の時間が新たな命を生むのかもしれんな」
「……で、その猫又妖怪は生まれたのか?」

 すると軽トラック少女は泣き笑いの表情になって頷いた。

「生まれたさ。
 なぁお前さん、あたしは子を産むことなどできない鉄屑四輪よ。
 それなのに妊娠しているのかと疑ってくれたお前さんの心が嬉しかったよ、本当に。
 もう心残りはありゃせんわ」
「おいおい、なにお別れみたいなことを言ってるんだよ」
「……30年生きた猫が猫又に生まれ変わるというお前さんの話が真なら、あたしもなにかしらに生まれ変わって再び現れることができたかもしれんがな。
 猫又に孵った猫様は、猫にしては長生きだったかもしやへんが、たった17の齢だったとはなぁ」

 自嘲気味に、皮肉気に軽トラック少女が微笑んだ。
 そんなタイミングで僕は背後から声を掛けられて、振り返ってしまった。

「……お父さん?」

 お父さんと呼ばれて振り返った先には、高校生っぽい制服姿の女の子が一人。
 とても可愛らしく、大事に箱入りに育てられてきたかのような清楚な女の子が僕を見つめて、もう一度、

「お父さん」

 と呼ぶのだった。
 そんな風に呼ばれる理由はわからないけれど、その瞬間、僕はハッと思い立って軽トラック少女の方を向き直った。
 やはりそこにはもう、軽トラック少女の姿はどこにもなくなっていた。
 周囲を見回すでもなく、僕は弾かれたように走り出す。
 レストランを飛び出して、サービスエリアの駐車場へ、軽トラックの元へ全速力で駆けつけた。
 後ろの方で誰かが叫ぶのが聞こえたが、それどころではなかった。
 嫌な予感がする。
 その予感を確かめるために走り続けた。
 軽トラックは駐めた場所にしっかりと駐まっていた。
 ドアを開け、キーを差し込む……そして祈る想いでキーを回す。

「――――――――」

 しかしいくらキーを回しても、スターターすら動くことはなかった。
 何度繰り返しても、それは同じ事だった。

 そうして僕の愛車はうんともすんとも言わない鉄屑四輪に成り果ててしまったのだったが、その姿は旅の終わりを雄弁に物語っているようにも見えるのだった。





終わり 猫又少女編に続くよ

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