第一話
夏祭りの夜の後、部屋に一人になると僕はどうしようもなく放心状態になってしまうのだった。
仕事に打ち込んでいる時間はいいものの、それ以外の時間は全く何も手につかない。
思い出されるのは夏祭りの夜、浴衣少女と狂い交わった一時の至福感。
何かに陶酔したままに浴衣少女の中で射精した後の僕は、一尺玉か二尺玉の花火を打ち上げた後のような喪失感にいつまでも漂っていた。
「車検見積もり……22万って……マジか……」
行きつけの車工場で出された軽トラックの車検見積書には、車検費用として22万8300円という馬鹿げた金額が記載されていた。
軽トラの車検なんて数万円で済んでいたものが、今回は山ほど修理するところがあるらしくて恐ろしいことに。
車工場の親父は見積書と共に中古の軽トラカタログを渡してくれた。
22万も出すくらいなら中古の軽トラを買った方が良いに決まっている。
誰が考えたって当然の結論だった。
「兄ちゃん、こいつぁ今年で30歳になる軽トラだ。
もう充分に使ったろうさ。
いい加減、買い替えの時期だと思うぞ?」
「……まぁそうなんですけどね……」
「それにこの前までは車検で乗り換えるって言ってたじゃねぇか。
だから俺はこうしてカタログも準備しといたんだがな。
歯切れが悪いところを見るに、愛着が湧いて手放しづれぇか?」
車工場の親父が言うのもわかる。
なにも新しい車を買わせたくて見積もりを盛ったわけでもないと思う。
実際に走らせてみればエンジンは圧縮が抜けてパワーがないし、アクセルを離せばアイドリングが不調で頻繁にエンストする。オイル漏れをしていてマフラーからは白煙を吐いている。いつの間にか傷ついたフロント硝子のクラックは北斗七星のようだし、ギアは入らないしタイヤは溝がない、まっすぐ走らない。機嫌が悪いとエンジンが掛からない。酷い異音がする。そしてなんか臭い。
「でもなぁ……」
やはり思い出すのは夏祭りの夜。
全く見ず知らずの可愛い浴衣少女とヤれたのは、きっとこのオンボロ軽トラックのおかげだった。
僕と浴衣少女とはまるで催眠に掛けられたようにお互いを求め、性を交わしたのだ。
30年生きた猫は尻尾が二つに分かれて猫又と呼ばれる妖怪になると聞く。
猫又は二本脚で立ち歩き、人語を話し、人を惑わす妖術を使うとか。
ならば同じく初年度登録から30年の軽トラックもまた、二本のタイヤで立ち歩き、クラクションの代わりに人語でも話し出したりするのかもしれない。
それは冗談としても、あの夏祭りの夜、僕と浴衣少女を惑わす妖術を使っただろう登場人物は、その場には軽トラックしかいなかったのは事実なのだ。
ドリカムの未来予想図2の歌詞にある「ア・イ・シ・テ・ル」のブレーキランプの合図に倣ったようなパッシング五連打。
これにより浴衣少女は穢れを知らぬその若肌を僕に解き、僕に跨がり、その中心に僕を受け入れ、僕の性を受け止めた事実。
僕はその再現を求めて夜な夜な軽トラックを走らせ、可愛い女の子を見つけると手当たり次第にパッシング五連打を浴びせて回った。
その数、すでに100人を超える。
頑張りすぎだった。
これが軽トラックではなく黒塗りのセダンやハイエースだったらば、警察に不審車両として通報されていたかもしれないが、その点、オンボロ軽トラだから女の子達の警戒は弱く、もしかすると整備不良でバルブがちらついている程度としか思われていないかもしれない。
とにかく警察のご用になるまで徹底的にパッシングしまくった。
「ア・イ・シ・テ・ル」というよりも「ヤ・ラ・セ・ロ・ヨ」と邪念を込めて。
必死だった。
車検期限がもうすぐそこまで迫っていた。
22万8300円という甚大な出費は痛かった。
もしもこのオンボロ軽トラに女心を惑わす不思議な力なんてないと分かれば、いっそ僕の手で鉄屑にしてやりたい気分だった。
でも信じたかった。
初年度登録から30年の軽トラックの不思議な力を信じたかった。
それほど浴衣少女との一発は気持ち良かった。
僕はそうして車検期限目前まで一縷の望みに掛けてパッシングを続けたのだった。
電波少女編 第一話ここまで