第二話 小さな女の子に手を引かれて物陰へ
立ち話もなんだし、近くの喫茶店に入ろうか――そう誘うには事件性を伴ってしまいそうな幼い姿の亜理紗。
――なにが一体どうなっているんだ?
俊介は混乱の際で、自分が熱中症に罹ってしまったのではないだろうかと思った。
現に次から次へと汗が滴り落ちてくる。
まるで美人を前にして緊張しすぎな初心のよう。
目に飛び込んでくる汗を乱暴に拭いながら、俊介は亜理紗を凝視していた。
そんな汗っかきな俊介を見てか、亜理紗は微笑ながら言う。
「涼しいところへ行きましょうか、俊介さん」
涼しいところ。
夏の日差しの下で汗を流している俊介への提案としては妥当なものだったが、それを亜理紗が語るには意味合いが揺れる。
亜理紗の正体は雪女伝説に語られる雪女そのものだった。
その端麗な容姿で男を誘惑して艶めかしく交わり精を吸い、やがては氷の息吹で男を凍え殺してしまうという雪女。
得体の知れない怪異性を飛び越えてなお亜理紗を愛していると俊介は自惚れがあったが、一連の混乱の最中、雪女に「涼しいところ」へと誘われた言葉に一瞬身構えしまった。
「大丈夫ですよ、すぐそこの木陰へ行きましょう」
「あ……今のは……そういうわけでは……」
「わかっています。
だって、俊介さんは私に会いに来て下さったのでしょう?」
怯えを見透かされ、話をリードされてしまっていた。
思い返せば雪国の旅館で出会った際も、最初だけは俊介にリードを許していたけれど、それ以降は亜理紗のペースだった。
翻弄されていた感覚に乏しいのは夜伽においては男の俊介が主体であるという妄信があってこそか。
背筋を撫でるのは恐怖の指先。
互いに背に手を回して抱き合いながら精を吐き出した瞬間の、いや、精を吸い取られる瞬間の亜理紗の指の強さを背中に思い出す。
――試されている……のだろうな
半身翻して流し目を送って寄越す亜理紗の仕草は、どう見ても幼女のそれはではなかった。
敢えて深読みを許して男の底を探る女のしたたかさが感じられた。
このまま亜理紗に誘われるままについて行っては危険だと直感が告げている。
流されるままにこの子を抱いて死にかけただろうと。
しかし、
「あぁ、行くよ」
それでも死なずにいるのは亜理紗が僕を想ってくれたためだろうと己を奮い立たせ、俊介は亜理紗の後をついて人目乏しい木陰へと進んでいくことにした。
亜理紗は意外さを訴えるように目を大きく見開いたのも一瞬、それを隠すように子供の表情を浮かべて木立の間を小走りに抜けていく。
こんな都会の学生街で人目を忍べる暗がりなど信じられないが、それよりも陽炎のごとき亜理紗に誘われるまま進んでいく。
語り仕草は大人のそれなのに、小走りの後ろ姿は幼い。
きゃっきゃとはしゃぐ頑是無い声が今にも聞こえてきそうなものの、俊介は幼女に誘われるままに暗がりに向かう最中に股間が熱くなるのを止められなかった。
ひょいっと身軽な身体を跳ばしながら駆ける幼女を追いかける俊介の股間は固く尖り、その欲情の根源に何度も自問自答した。
――これは、相手が亜理紗だからなんだ……。決して幼女だからというわけでは、ない!
ふいに立ち止まった亜理紗が振り返り、悪戯に笑む。
「俊介さん、少しキャラが変わられましたね」
「君なんかキャラどころか容姿まで変わってしまったね」
「私のような女は嫌いですか。俊介さんの好みではないですか?」
「いやあ、そんなことはないよ。君はきれいだしとても魅力的だと思うよ。だからと言って……」
亜理紗が夜這いを仕掛けてきた来た時の会話を繰り返しながら、その時とは違う意味で言葉尻を濁らせる。
あの時は出会ったばかりのその夜という唐突さに、この度はたとえ相手が亜理紗と言えどもその容姿の幼さに。
「さ、着きましたよ。
うまく都会の死角に紛れ込みました。ここなら誰にも邪魔されない……」
季節外れのマフラーを解き、厚手のコートを脱いでいく。
一目で惚れる白磁のような肌は夏の季節にも健在で、細やかな肌理は手を伸ばして触りたくなる。
見事だった豊かな乳房はまだ未発達で残念だが、華奢な手足にぺたんとした胸、童顔の亜理紗はなにもかもが小さくて、それはそれで独特の魅力を放っていた。
――僕は……ロリコンだったのか……!
つい今さっき亜理紗が「少しキャラが変わられましたね」と言ったのを思い出す。
三十過ぎのおじさんが二十歳前の少女に手を出した時点でロリコンだったかもしれないが、それにしたって……!
そう内心では葛藤しながらも、俊介は亜理紗が一糸纏わぬ姿になっていくのをじっと眺めてしまっていたのだった。
第二話 小さな女の子に手を引かれて物陰へ ここまで