第二話

 そうして車検期日前日の深夜になっても新しい女を釣れない僕は、ほとんど自暴自棄になって、街を展望できる丘の上から街に向かってパッシング五連打を浴びせた。
 「バ・カ・デ・シ・タ」――そんな諦観と共に。
 株で大損した時のような表情になりながら僕は軽トラを降りると、軽トラの荷台を解いてやる。
 三方開きの荷台。
 猫又の尻尾は二つ分かれだけれど、軽トラはさらに三つ分かれの荷台。
 ならば猫又をしのぐ強い妖術を得ていても良いではないか。
 茫然と月夜を仰ぐ。
 三方に開かれた軽トラの荷台は、まるで何かの電波でも受け止めるかのように広がったまま、そこを月明かりに照らされていた。
 廃車にしよう――考えがそちらにぐらっと傾いた僕は、長年の相棒たる軽トラの荷台になんとなく乗り込み、体育座りをした。
 22万8300円もあれば中古の軽トラくらい買える。
 そのお釣りでデリヘルでもいいしソープでもいいし、ちょっと高級な店で気持ち良く一発ヤらかそう。
 深夜の丘の上、月明かりを浴びた軽トラの荷台で悲観に暮れながら風俗通いの算段を立てる僕、なんて絵になるんだろう。
 ちょいと自嘲して、さぁ帰ろうと思ったその時だった。

「お兄さんっ……」

 突然の声に驚いてそちらを振り向くと、軽トラの助手席のそばに一人の女の子が立っていた。
 まるで夜から生まれたかのような夜色のワンピースドレスを着て、セミロングの髪には小さな王冠のようなアクセサリーが輝いていた。
 丁寧な銀メッキ処理の王冠は、しかし猫の頭に被せる程度の大きさ。
 あ、ゴシックロリータファッションなのだと、僕は少ししてから納得した。

「って、こんなところに女の子一人でどうしたの?」
「えぇ? どうしたのって、呼んだのはお兄さんじゃないですかぁ」
「僕が呼んだ?」
「さっき、天と交信してたでしょう?」

 そう言って少女は軽トラを指さした。
 色白で華奢な手は、白魚のような、なんて比喩がお似合いの指先だった。

「……パッシングしていた事を言ってるのかな?」
「はい。
 『オ・イ・デ・オ・イ・デ』と、六つの光が瞬くのを、私は見逃しませんでした」

 五回しかパッシングしてないけどな。

「天界の使い人には気付いて貰えましたか?
 ……そのご様子では、気付いて貰えなかったのですね。
 仕方ありませんよ、なかなかどうして気まぐれな使い人ですから。
 それに申し訳ありません、使い人を期待されていたところでしょうに、天を飛ぶ翼もない、ただの人の身である私などが現れてしまって」

 そうして上体を捻ってみせる少女の背中は、夜色のワンピースドレスが背中空きになっているおかげで肩甲骨、背骨のラインが美しくハッキリ浮かび上がっていた。

「ね、翼はないでしょう?」

 三十路近くの未婚女性がやけくそで背中空きドレスを着てくるような下品さと、少女らしい若い肌が拮抗している背中を、僕はしばらく眺めていたい気分だった。
 が、下心に飲まれてしまうのをちょっと自制する。
 この前の浴衣少女の時のように軽トラックのパッシングが呼び水ととなって少女を誘い出すことには成功したらしかったが、果たして軽トラのパッシングが催眠・暗示のような効果を示して目の前の少女の心を惑わしているのかというと、そうではないような気がする。
 天界の使いだの翼だのって、単純にこの子……「電波な子」じゃないだろうか?
 ちょっと突っ込んでみようか。

「翼もないただの人間風情のくせに、どうして僕の前に現れたんだい?
 君は僕が空に向かって交信していると気付いていたのだろう?
 オ・イ・デ・オ・イ・デ、そうやって呼んでいたのは天の使い人であって、君ではないということに、君自身、気付いていたはずだ。
 なのにどうして君は僕の前に現れたんだい?」

 電波少女の瞳が複雑な色味に潤んだ。
 招かざる客人だったと突きつけられて傷ついているような、そんな単純なものではないと僕は見た。

「それは……」

 言い淀む電波少女に助け船を出すような声音で僕は続ける。

「知っているよ。
 ただの人間だったなら、軽トラックのパッシングが天界への交信だなんて思うはずがない。
 君はきっと何かの罪を犯してしまい、そのために翼をもがれ、地上に堕とされた天界の人なんじゃないかな?
 普通の人間の少女なら、こんな時間に、そんなに大胆に背中を見せたドレスを着て出歩いたりしないもの。
 翼があった頃の名残が、君にそのドレスを選ばせたんだ」
「いえ、このドレスも……母が買い与えてくれたものです」

 僕は軽トラの荷台で赤面した。

「しかし……母は天界と繋がりのある人物だったと思います。
 なにかしらの理由で堕天し、地上の人間と交わり、私を生んだのでしょうね。
 地上に産み落とされて早十数年、私の中に流れている天界の血がいよいよ疼き出し、私を天界へといざなうのです。
 あなたが天界の使い人を呼び出した時に、私は使い人に交渉し、天界へ連れて行って貰おうという企みがありました。
 危うく全てを見透かされてしまうところでした」

 企みを白状した電波少女の瞳は、これまでよりも強い光が宿っていた。
 おんぼろ軽トラックを従えて、天界だのなんだのって僕たちは一体なんの話をしているんだろうなと冷静になりそうな深夜の空気、丑三つ時を過ぎた深夜テンションで僕は電波少女の話に乗っかってやることにした。

電波少女編 第二話ここまで

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