軽トラックに乗った白馬の王子様 猫又少女編

今日から猫又少女の父親になりました

 猫又少女編 第一話 今日から猫又少女の父親になりました

「ねぇ、お母さんは死んじゃったの?」

 いくらキーを回しても、スターターすら回らない軽トラック。
 その助手席にちょこんと座った制服姿の女の子が、機械音痴で事情がさっぱりわかりませんと宣うように、あっけらかんと言うのだ。

「ねぇお父さん? 聞こえてるぅ?」

 姦しく細っい脚をぶらぶらさせながら返事を求めてくる。
 今はそれどころじゃないんだ。
 こんな旅先で車が動かなくなったんじゃ、帰るに帰れない。

「私お腹空いたー」

 ほとほとぶん殴ってやりたい思いを一瞥に込めて、僕は言う。

「ていうかさ、お前誰だよ?」

 制服少女はくりっと大きな目を丸くしたかと思うと、ハッと気付いた様子で敬礼のポーズを取った。

「そうでした! 初めまして、お父さん。
 私、ラグドール猫のカカオと申します。
 この度、猫又として生まれ変わることができまして、つい調子に乗ってご挨拶が遅れました」
「……僕は化け猫の父親になった覚えはありませんが?」
「猫は秘密の死に場所を求めます。私の求めた先が、この軽トラックでした。
 私を飼い猫として愛してくれていた皆様が、私の死を受け入れるまでのしばらくの間、私は亡骸のまま、ずっとこの軽トラックの中にいました。
 それはもうお母さんのお腹の中にいるような、羊水の中に浮かんでいるようなものでした。
 そして飼い主の皆様の記憶の中から、私という一匹の猫の存在が風化を始めた瞬間、私は風に乗って砕けていくだけの記憶の想い猫になったのです。
 もう私の顔をハッキリとは思い出せなくなっていることでしょう。
 近所を散歩する猫の中に私の姿を求めるようになるのかもしれません。
 そうしているうちに私という猫の姿は虚ろって、やがては化け猫、妖怪の類いに数えられてしまうのかもしれませんね」
「……んじゃあ、飼い主の元に帰ればいいんじゃないのかな?」

 僕は面倒臭くなって適当に言う。
 とりあえず軽トラックのエンジンが掛からないのはバッテリーが上がったためかと思って両電極をショートさせてみると小さな火花が散った。違うようだった。

「私を愛し、一緒に暮らして下さっていた皆様の記憶の中では、もう私への記憶の風化が始まりました。
 つまりですね、私はもう『生きていたら気味の悪い猫』なんです」

 それは確かに死んだと思っていた猫が現れたなら一瞬驚かれるだろうけれど、たったそれだけのことではないだろうか?
 僕はそう思いつつも、敢えて何も言わないでおいた。
 猫又と自称する少女が制服姿とは皮肉なくらいにお似合いで、その制服の内側には狭いながらも夢溢れる世界観が宿っていそうだった。
 そしてお年頃らしい繊細さを制服から溢れさせ、人からたったの一瞬でも気味悪がられるのを厭う姿は、なるほど制服姿だった。

「で、僕がお父さんな理由は?」
「軽トラックの所有者だから」

 所有者と夫婦は違うんだぞと思いながらも、ほとほと面倒臭いのでそういう設定を飲むことにした。
 僕は軽トラックを妻に持つ男で、猫又の娘がいます、女子高生です。
 もうそれでいいや。

「なんでガッカリしてるの?」

 人の気も知らない猫又少女の声は鈴の音のよう。
 指摘の通り僕はガッカリ、落胆していた。
 なにせ軽トラの車検費用に20万以上支払ったばかりなんだから。
 初年度登録から早30年にもなるオンボロ軽トラ、愛車と呼ぶにしたって愛しすぎだろうと思う。
 それはすでに愛車という設定を飛び超えて愛妻と呼んでもいいのかもしれない。
 はっは、自嘲しか出てこない。

第一話 今日から猫又少女の父親になりました ここまで

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